目に見えない物を伝えるということ

視覚的に表現をすることがグラフィックデザインの最終的な形ですが、「表現されるもの」は物質的なものばかりとは限りません。
それでは、どのようなものが「表現されるもの」になりうるのでしょうか。

生きている人間は日常生活の中で(主には)脳が、ありとあらゆるものに対して何かを感じています。人間が外界との接触を感知する機能に大きくは、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚などがあり、日々それらが組み合わさって様々な記憶や感覚を呼び起こします。
このうち、みなさんに求められるのは視覚的な表現(ビジュアル)であることが多いのではないでしょうか。もちろん聴覚に訴える表現(サウンド)と組み合わせる映像作品やデジタルメディア作品などもあると思いますが、ここでは、目に見えないものを視覚的に表現する、ということについて考えてみたいと思います。

「りんご」や「飛行機」の絵や写真などのビジュアルを使ってデザインで表現することは容易に想像がつくと思います。
絵・写真などそれら自体が視覚的表現をベースにした構成だからです。
それでは、視覚以外のものをどうすればビジュアル表現できるのでしょうか。

いろいろな方法が考えられますが、一番シンプルなものに私たちに共通認識のある「記号」を用いることが考えられます。ここでいうのはキーボートで打てるような+、-、「」などの記号だけではなく、「意味が伝わるもの」としての記号を指しています。

視覚的に表現できるもの

まずは、視覚的に表現できるものとして、「山」を記号化することを考えてみます。
山の形といえばやはり三角でしょうか。

これで山というのも場合によっては三角がたくさん並んだ山テキスタイルなど、モチーフとして採用されていることも考えられます。

三角が二つつながるとだいぶ山の感じが出てきます。並べ方や重なり具合によっても見え方にバリエーションが出せそうです。

少しらしさを、と思って雪を書き込んでみましたがなくてもいいような、むしろないほうがよりすっきりしてよいかもしれませんね。

振り切ってしまってこれくらいラフでも山のイメージは伝わりそうですね。

今度は上を平らにして波線をいれたら、富士山を想起させてくれます。「日本の山」「日本の象徴」という意味合いもでてきます。

少ない線で表すことは簡単そうで、書いたり消したり、足したり引いたりしながら考えることも多いものです。

次に、少しだけ目では判別しにくいもの、ということで天気予報で使われている記号を考えてみます。

太陽をモチーフにした記号は天気予報での「晴れ予報」を示すものですが、ここでいう記号には二つの意味を含んでいます。

記号するもの=太陽(たいよう)・太陽の形
記号で表されるもの=晴れている状態、晴れという天気予報

「このマークは太陽の形を表していて、太陽が出ている日は暖かい」ということを見る人が一瞬で感じ取るのです。このマークを見て天気が崩れそうだ、と感じる人は少ないかと思います(実際に予報が当たるかどうかは別として)

次に、下のお天気アイコンです。

天気予報でこのアイコンを見ると「雪が降るな」「風が強くて寒そうだな」さらには「冷えそうだな」「手が冷たい」という印象を持つのではないかと思います。
この記号を目にしたせいで実際に肌表面の温度が下がるわけではありませんが、[雪]→[雪を掴んだ時の記憶]→[つめたい]というメッセージが伝わります。

山も雪も実際こんな形をしていないし(雪は顕微鏡でみるとこの形をしているかもしれませんが!)、風はこんな形をして吹いているとは限りません。
それでも、私たちはこの形を見ると「山だ」「晴れそうだ」「雪がふる」「風が強い」と読み取るのです。

山を見たことのない人や、雪を知らない人にとってはこの形では伝わらないかもしれません。これはお互い共通の認識を持つ人間の間だけで通じるコミュニケーションの方法です。

今回のお話しは記号についての研究ではなく、コミュニケーションに必要な視覚(ビジュアル)という点に話しを絞りたいので、雑なくくりではありますが、アイコン、インデックス、ピクトグラムなどと呼ばれるものをまとめて「記号」と呼んでいます。

視覚以外の感覚をどう表現するか

人間が持つ基本的な感覚である五感のうち視覚によるもの以外、音、味、香り、手触りなどについても同じように表現できるのでしょうか。

ポイントとしては、「イラストレーションではない」ということです。
アイテムを表す具体的なイラストは最低限に。そして少ない線でどれだけシンプルに描くことができるか考えてみてください。表現に悩むものもありますが、どれだけ表情に頼らず表現できるかがカギです。

聴覚

  • 電池残量低下の音
  • 水が流れるような心地よい音
  • 騒々しい街中の不快な音
  • 昔聴いたことのあるメロディ

味覚

レストランなどでメニューにつくアイコンだと思ってもよいかと思います。

  • キムチの辛さ
  • カップケーキの甘さ
  • レモンのすっぱさ
  • 薬の苦さ

嗅覚

  • 珈琲豆の香ばしさ
  • こころが癒されそうなアロマ感
  • 焼肉に行った帰りの匂い

触覚

  • ガラス面
  • 風になびくやわらい旗
  • 猫の背中のふわふわさ

その他の感覚

みなさんが考える「感覚」にはどんなものがありますか?
温泉の温度や日差しの強さなどの空気感も視覚化することができるでしょうか。
ここちよさ、眠たさ、疲れ、元気のよさなどをどう表すことができるか、と考えてみてください。

身の回りにある心地よい感覚を呼び起こすもの

嗅覚でよい気分になれるものを探してみましょう。
いい匂い、心地よい香り、食欲を刺激するもの、などポジティブなものを。

その心地よい感覚を紙の上にスケッチ以外の方法で表現するにはどうすればよいでしょうか。
対象物を描いても構いません。
そのスケッチの他に、その香りを表現できる方法がないか考えてみてください。
手元には紙と鉛筆(もしかしたら色ペンなども)という状況ですが、よいアイデアがあれば、それ以外にどんな方法を使っても構いません。

五感をニュアンスとして表す方法を考えてみましたが、記号として伝える他にも、色の組み合わせやコントラスト、間の取り方などビジュアル表現にはたくさんのアプローチがあります。
方法はさまざまですが、どれも感覚を伝える手段の一つであるということには変わりありません。
そのデザインや記号がどうしてそのような感覚を呼び起こすのか、ということを考えてみると、自分で表現するときのアイデアの助けにもなると思います。